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神戸地方裁判所明石支部 昭和59年(ワ)72号 判決

主文

一  原告の被告に対する昭和五四年五月二六日被告の通常総会決議に基づく特別賦課金四九七万五九七五円の債務が存在しないことを確認する。

二  被告の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴、反訴を通じ被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴)

一  原告

1 主文第一項と同旨。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  被告

1 原告は被告に対し、金五六〇万円及び右の各内金八万円に対する昭和五三年七月から昭和五九年四月までの各月の一日から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 第1項につき仮執行宣言。

二  原告

1 主文第二項と同旨。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴)

一  原告

1 原告は各種魚貝類の加工及び販売を目的とする有限会社で被告の組合員であったものであり、被告は組合員のために資金の貸付け等を事業目的とする協同組合である。

2 被告は、昭和五四年五月二六日の総会において、被告が組合員のためにサンマ等の原料を買付けていた事業に基づく左記の欠損金一億四四三〇万三二六九円につき、特別賦課金として一組合員当たり金四九七万五九七五円を負担させて償還する旨の決議をした。

(一) 昭和五二年度分(但し昭和五三年三月三一日締め)金一五三八万四四一五円

(二) 昭和五三年度分(但し昭和五四年三月三一日締め)金一億〇四七九万八八八一円

(三) 昭和五三年六月から昭和五四年までの賦課金二四一二万円

3 しかし、原告は被告の前記サンマ等の原料買付事業に何ら関与しておらず、かつ前記総会において欠損金の一律組合員負担に反対したが聞き入れられなかったもので、被告が右総会の決議により原告に金四九七万五九七五円もの債務を負担させることは議決権の濫用であり、公序良俗に反するものであって民法九〇条に反し無効である。

4 よって、原告は右決議による特別賦課金四九七万五九七五円の債務が存在しないことの確認を求める。

二  被告

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 同3の事実は、原告が昭和五四年五月二六日の通常総会において欠損金の組合員一律負担に反対したことは認めるが、その余の主張は争う。

(反訴)

一  被告

1 被告は、組合員のため魚類等の共同買付等を行うことを目的とする協同組合であり、原告は被告の組合員で魚類等の加工、販売の事業を営んでいるものである。

2(一) 被告は、かねてより組合員のため毎年継続して、ことに昭和四五年頃からは本格的にアジ、サンマ等の共同仕入れを実施してこれを組合員に引渡し、その実施にあたっては、予め一年間の共同仕入れ事業計画をたてて各事業年度の通常総会での議決を経たうえ、さらに具体的に魚類の仕入れをなすにあたっては、発注前に各組合員から購入希望数量等を徴し、魚類の買付後にこれを組合員に引渡し、万一希望者が引取れない場合には他の希望組合員に引渡すか、希望者がないときは一時被告の在庫とするなどの措置をとってきた。そして右共同仕入れに要する一時資金借入れのための金利は当然各組合員が負担し、被告としては毎年役員会で決めた基準に従い手数料を組合員から徴収するにとどまった。従って、右の買付けは組合員の共同仕入れであって被告はその委託を受けて事業を遂行していたものである。

(二) ところで、被告が昭和五二年一〇月一〇日頃から同年一一月五日頃までの間に北海道、三陸方面で買付けた冷凍サンマ、同年一〇月一二日頃から一一月一九日頃までの間に福岡市内で買付けた冷凍アジは、その後価格の暴落に見舞われた。そのため、被告はやむを得ず、その対策として、昭和五三年一月一六日の役員会の議を経たうえ、同年一月一八日の組合員全員による協議会において、暴落した右魚種の大半について組合員への引渡価格を仕入価格より著しく引下げることを決定し、安値で組合員に引渡した。

(三) そのため、昭和五三年二月一〇日の臨時総会において、サンマ等の買付けによる欠損金の補填は組合員の連帯責任とする旨の議案が、さらに同年五月二七日の通常総会において、右補填のため同年六月から右欠損金が最終的に確定するまで各組合員から当分の間毎月八万円を特別賦課金として徴収する旨の議案がいずれも出席者全員で可決された。

(四) その後、右欠損金の総額が一億四四三〇万三二六九円(組合員二九名につき一人当たり金四九七万五九七五円)であることが確定したのちの昭和五四年五月二六日の通常総会において、右一人当たりの欠損金四九七万五九七五円及び組合員らのための立替利息分一人当たり金一〇〇万九九七二円の合計金五九八万五九四七円につき、前年度同様に各組合員から特別賦課、徴収することとし、その支払方法を昭和五四年五月三一日から昭和五九年八月三一日までの六四か月にわたり各月末日に金八万円宛(但し、昭和五九年八月末日分に限り金六万五九四七円徴収してこれを償還する旨の決議をした。

3 しかるに、原告は右各決議に基づく当初からの賦課金の分割支払いをなさない。

4 よって被告は原告に対し、既に履行期が到来している昭和五三年六月分から昭和五九年三月分までの合計金五六〇万円の賦課金(内訳は欠損金分四九七万五九七五円、立替利息分金六二万四〇二五円)及び各月の分割賦課金八万円に対する各翌月一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2につき、

(一)の事実は、被告が魚類等の共同仕入れを行っていたことを認め、その余は否認する。

(二)の事実は、被告が共同仕入れした魚類の価格が暴落したこと(但し、その詳細は不知)を認め、協議会の開催及び決定内容を否認し、その余の事実は知らない。

(三)の事実は、昭和五三年五月二七日通常総会開催の事実は認めるが、その余は知らない。

(四)の事実は、昭和五四年五月二六日通常総会が開催され、被告主張のとおりの決議がなされたことを認める。

3 同3の事実は認める。

三  原告の主張

1 原告が被告に組合員として加入したのは、昭和四九年頃、被告の役員及び明石市の担当者から、昭和五二年に新な加工団地が完成し、それ以降は従前地での加工操業が禁止されるので、ついては原告も被告に加入されたいと勧誘されたからで、被告の組合員の多くはサンマを扱っており、これに対し原告はその扱う魚種がほとんどタコであって被告に加入するメリットはなかったが、加工団地完成後は既存の加工場では操業できなくなるとの被告役員の言い分を信じたからである。ところが加工団地の計画は頓挫したままで、その計画予定地には被告の一部役員が新に加工場を建設しているという状況にある。

2 被告は、昭和五二年から昭和五三年にかけて北海道、三陸方面で買付けた冷凍サンマ、福岡方面で買付けた冷凍アジの価格暴落による組合に生じた欠損金を組合員に一律負担させるべくその決議を行ったものであるが、昭和五三年五月二七日の通常総会においては、原告代表者の代理として出席した谷岡みねが右欠損金の組合員割当てに異議を述べ、予約した組合員、予約数などを明らかにしないままで予約もしていない組合員にも欠損金を負担させるのは反対である旨申出たところ、被告の監事であった高浜義昭は「文句を言うなら除名してしまえ」と暴言を吐くほどであった。そして昭和五四年五月二六日開催の総会でも谷岡みねは反対したが、結局共同買付けに加わった予約組合員、その各予約数量が明らかにされないまま組合員一律負担の決議がなされたもので、右総会での決議は重大な瑕疵があり、公序良俗、信義則に違反して無効であり、そうでなくても右決議は権利の濫用にあたる。

四  原告の主張に対する被告の反論

1 被告が組合員のため従前より魚類等の共同仕入れを行ってきたことは請求原因に述べたとおりであるところ、原告も右事業に関与して昭和五二年度の共同仕入れにかかるサンマ、アジ、サゴシ等を多数回にわたり被告から引取っていて、しかも本件欠損金を生ずるに至った昭和五二年一〇月から一一月にかけて被告が仕入れた冷凍サンマについても原告は昭和五三年三月九日と一八日の二回にわたり、一箱六〇本詰めのもの五六箱(代金三三万六〇〇〇円)を引取っている事実があり、原告の共同仕入れ事業に何ら関与していなかったとの主張は失当である。

2 なるほど、原告は昭和五四年五月二六日開催の通常総会に出席した際、欠損金の処理に関して組合員の一律負担に反対したことは事実であるが、審議の途中で原告は退席し、その後原告を除く組合員全員一致で同議案が可決されたもので、原告も右決議に従うべきことは当然である。

3 被告が各事業年度を通じて共同仕入れによる赤字を出したのは昭和五二年度のみであって、昭和五一年度においては被告は各組合員に配当金を交付し、原告も金八万五〇〇〇円の配当金を受領し、さらには同年度には被告は組合員の海外旅行費の一部として一人当たり金一〇万六〇〇〇円を負担し、原告もその利益を受け、さらに昭和五二年度は被告は月々徴収していた組合員一人当たり二万五〇〇〇円の賦課金の四か月分金一〇万円を組合員に還元しているところであって、これを要するに利益の存するところ不利益もまた甘受すべきは公平の理念からしても当然である。

4 以上の理由により、本件決議の公序良俗違反、議決権濫用の主張は失当というべきである。

第三  証拠(省略)

理由

一  原告が被告の組合員であったこと、被告が組合員に対する資金貸付け等の事業のほかにかねてより組合員のために加工用の漁類の共同買入れを行ってきたこと、被告の昭和五四年五月二六日開催の通常総会において、被告が組合員のために行っていた共同買入れ事業により被告に生じた欠損金一億四四三〇万三二六九円につき、組合員一律に各組合員当たり金四九七万五九七五円を徴収してこれを償還する旨決議がなされたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一、第四号証、乙第一四号証の二、証人井上竹男の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二号証の一ないし三、第三号証の一及び二、第四号証の一及び二、第五号証の一ないし四、第六号証の一ないし三、第七ないし第一三号証、第一四号証の一、証人谷岡みね、同井上竹男の各証言並びに本件弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  被告は水産業協同組合法(以下、単に法という)に基づき設立された組合であるが、法九三条一項三号及び被告の定款第二条の(3)所定の「組合員の事業または生活に必要な物資の供給」事業の一環として、かねてより組合員に加工用魚類を供給するために昭和四五年頃から本格的に組合が他から魚類を買付けて組合員に売渡す事業を行ってきた。その方式は、被告においてあらかじめ各組合員から購入希望数量等を徴したうえ、これを基礎として組合として購入する魚類、数量に関する事業計画を立て、毎年五月開催の組合員の通常総会において議決したうえこれを実行するというもので、右の共同仕入れに要する資金は被告が金融機関から借入れをし、その金利は購入する組合員から買取り額に応じて手数料としてこれを徴収するというものであった。

一方、被告の定款は、組合が組合員のために行う(イ)組合員の製品、その原料もしくは材料または製造もしくは加工の設備に対する検査に関する施設(第二条六号)、(ロ)組合員の福利厚生に関する施設(同条七号)、(ハ)水産物の製造加工に関する経営及び技術の向上等に関する施設(同条八号)、(ニ)組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結(同条九号)の各事業及びこれに附帯する事業の経費にあてるため組合員に経費を賦課することができる旨定めている。

2  被告の組合員のほとんどはサンマの加工を主として行ってきたものであるのに対し、原告は夏場はタコ、冬場はサンマの加工を行い、従前より林崎漁協からタコの仕入れを行っていたが、昭和四九年頃に明石市が加工団地創設の構想を発表し、これが完成したときは従前地での加工操業が困難となるところから、原告は同年に被告に加入したものであるが、タコについては引続き林崎漁協から仕入れ、その他の魚類については被告からも買付けてきたが、サンマについては他から買付け、被告から仕入れるものはほとんどなかった。

ところで、被告が行っていた共同仕入れ事業は昭和五一年度までは赤字を生ずることはなく順調であって、被告は同年度に組合員一人当たりにつき金八万五〇〇〇円を配当し、同年一二月には組合員の海外旅行について一人金一〇万六〇〇〇円を組合で負担する援助を行い、さらに昭和五二年三月の総会で組合員に対する毎月の賦課金二万五〇〇〇円の四か月分に相当する金一〇万円を組合員に還元する措置を講じ、原告もこれらの利益を受けた。

3  被告は、昭和五二年度の共同仕入れ事業として、前記のとおり組合員から購入希望数量等を徴したうえ、同年五月二八日開催の通常総会において、冷凍サンマ二〇〇〇トン(約三〇万箱)、冷凍アジ七五〇トン(約五万箱)、サゴシ等三〇〇トン(約二万箱)を購入する旨決議した。しかるところ、右事業計画に基づき被告が昭和五二年一〇月から一一月にかけて北海道、三陸方面で買付けた冷凍サンマ、その頃福岡方面で買付けた冷凍アジの価格が魚の獲れすぎで暴落し、そのため被告が仕入れた価格では組合員は右の魚類を買取らない事態が生じた。

被告の役員会はその対策を協議するため昭和五三年一月一六日に役員会を開催し、暴落した小型サンマについては、事前に申込希望を行っていた者に対し一箱当たり約三〇〇円前後値下げして売却し、非申込希望者にはさらに値引した価格で売渡す方針を固め、同月一八日開催の組合員全員出席の協議会にかけたところ、出席者全員の一致でその旨の決議がなされ、その後右の価格で各組合員がこれを買取った。原告はサンマについては非申込希望者であったが、その頃、二度にわたり値下げの対象とならなかった大型サンマを三三万六〇〇〇円仕入れた。

4  その結果、被告としては右共同仕入れ事業により一億円以上の欠損が生ずる見込みとなったところ、同年二月一〇日開催の臨時総会において、右の欠損については組合員の連帯責任とする旨の決議がなされ、原告も右総会に出席した。そして被告は共同仕入れ事業の資金を太陽神戸銀行、兵庫県信用漁業協同組合連合会から借入れていたが、右欠損の償却、借入先に対する返済方法、組合員からの徴収方法、その場合の税務処理については役員会で関係機関と交渉、検討することが決められた。

5  昭和五三年五月二七日に被告の通常総会が開催された。被告の役員会は組合員の負担を考え、従来行ってきた組合員の積立貯金を当分の間中止し、前記欠損金の補填のためとりあえず組合員一人当たり月額八万円を「特別賦課金」として毎月組合員から徴収する議案を提出した。原告は共同仕入れの際の購入希望組合員のグループに属していなかったものであるところ、当日原告代表者を代理して出席した同人の妻は、購入希望をした組合員だけで欠損の負担をすべきであるとひとり右の組合員一律負担の議案に反対し、これに対して役員のうちの一人から「そんなことを言うなら除名してしまえ」という声が出された。原告の反対にもかかわらず右の議案は他の出席組合員全員の賛成で議決され、原告を除く組合員からは同年六月から毎月八万円の徴収が開始された。

6  昭和五四年五月二六日被告の通常総会が開催され、これには原告代表者も出席した。右の時点で昭和五二年度共同仕入れ事業による欠損金は一億四四三〇万三二六九円であることが確定し、またその間役員らは各組合員が負担する毎月負担する金八万円についてはこれを各組合員の経費として処理することができる旨の税務当局の了解が得られたところから、当時の組合員数三一名のうち、刑事々件で服役した者及びそれまで共同購入に全く関与していなかった者の二名を除く二九名の組合員で、一人一律に四九七万五九七五円を負担し、既に昭和五三年六月から毎月徴収を開始している金八万円の特別賦課を継続して右欠損の補填にあて、またその間の組合の負担する金融機関に対する借入利息一組合員当たり金一〇〇万九九七二円については昭和五八年八月分からの徴収金で償却する旨の議案が役員会から提出された。原告代表者は右の議案に対しても強く反対したが、原告を除くその余の組合員全員一致の賛成により右の議案は可決された。

三  右認定の事実に基づいて判断するに、水産業協同組合法九六条、二二条は、水産加工業協同組合について、定款に定めるところにより組合員に経費を賦課することができる旨定め、そして被告の定款は第二〇条において、組合が行う第二条六号ないし九号所定の施設事業等に関して組合員に経費を賦課することができる旨定めており、右の賦課及び徴収の方法は総会の議決によって決定され(同法九六条、四八条)、右議決があったときは組合はこれに同意しない組合員に対しても賦課金の支払いを求めうるものであるところ、被告において昭和五二年度に生じた共同仕入れによる欠損金は、組合員の利益をはかる目的でなされたものとはいえ組合自体の対外取引、事業運営の結果生じた組合の損失であって、右の損失は法二二条所定の経費、被告の定款において賦課しうることを定めている施設事業等の経費のいずれにも該当しないと解すべきであって、右の損失を組合員に分担させるために特別賦課金に関する決議を行い、これを組合員から徴収することは、被告が出資組合であり(法九五条)、組合員の責任が有限責任である原則にも反するというべきであって、なるほど原告は昭和五一年度までは組合員として被告からそれなりに剰余金の配分を受け、被告が行った共同仕入れにかかる魚類の一部の買取りを行い、そして昭和五二年度共同仕入れのサンマについても極く少量ではあるが買取りを行っているという事情が存するが、右剰余金の配分等は各事業年度における総会の決議に基づくものであり、また、原告は損失の原因となったサンマについてはもともと購入希望の申込みを被告にしていなかった組合員であることからすると、右の事実から、公平上原告も組合に生じた損失分担のための特別賦課金徴収決議に基づく賦課金の支払義務を免れないものと解することはできない。

四  以上により、原告の本件特別賦課金債務金四九七万五九七五円の債務の不存在の確認を求める本訴請求は理由があり、被告の原告に対する右金員及び共同仕入れ事業のための借入金の金利の各組合員一律負担の決議に基づく金員の支払を求める反訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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